Richard Crazyman's Queer Greeting

ちんけなネタ絵描き「リチャード・クレイジーマン」のよくわからないブログ。絵が見たい人はpixivの方でどうぞ。

 
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広告消し。

はやい。一週間が本当に半日ぐらいのはやさで消化されていく。
ついていけないわ。

数ヶ月続く猫の病気との格闘で数ヶ月こちらもまともに寝ていないので
寝不足が地獄レベルで意識が薄い。

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「僕だけがいない街」はその後も継続してみているが、
北海道はやる気の無い放送なので内地に比べて2週遅れ?

それにしても「科学センター」はまんまだ。
あそこにはロシアから来た「ミール」が展示してあるのでたまに見に行ったりしてた。
劇中の1988年当時には「ミール」はまだ無かったけどな。

劇中にも出てくる科学センターのプラネタリウムには複雑な思いがある。
今はどうなってるか知らんけど、80年代、俺がまだガキだったあの当時の
あそこのプラネタリウムはショボかった。
オープンリールやカセットテープに録音された季節ごとのナレーションに合わせて
夜空が進行していくのだけど、当時そのナレーションを担当していたのが俺の母親だった。

子供の頃、家で母親が原稿読んだり練習したりしてんの見てたせいか
そのあまりの半端無い手作り感がどうにも…w
そのおかげで余計ショボく感じたわけで今でも苫小牧青少年科学センターのプラネタリウム、
と聞けばあの微妙な気分になるのだ。

小学中学の頃、クラスごとにバスに乗って科学センターに行って特別学習の日みたいのあったな。
フナの解剖とかやるんだけど殺生が嫌な俺は「宗旨の問題だから」と嘘を言っていつも回避していた。
で、その後プラネタリウムで微妙な気分になる、と。お決まりのパターンだったなw

まぁでもあのあたりはしょっちゅう、うろついていたな。
向かいの文化会館とか頻繁に出番あったし。
お隣の市民会館にはいい感じに昭和してる渡辺食堂もあったし(今もあるらしいけど…)。

あの当時でも「したっけ」「なまら」はあんまり使わない方言だったな。
とっぽいお兄さん達は使ってたけど。
そういえば知り合いに1人無口な奴がいたんだけど、
その彼がたまに口にする言葉が「なまら」だったw 何を聞いても「なまら」しか言わないの。
肯定も否定も「なまら」、感動してもしらけても「なまら」、死ぬような恐ろしいめにあっても「なまら」、
めちゃイイ女みても「なまら」、旨いもの食っても「なまら」不味いもの食っても「なまら」。
本当にめったなことじゃ「なまら」以外喋らない。
「なまら」以上語数の多い言葉喋りたくないのかもしれない、などと当時は思っていたなw

体調が良い日にでも久しぶりに科学センター行ってみるかな。病院の帰りにでも。
どうせ毎月科学センターの目と鼻の先にある病院に通院してるのだしw
久しぶりにミールも見たいし。
そういえば今でこそミールは新しく増築された屋内ブースに展示されてるけど、
最初、数年は野外で雨ざらしで放置されてたw
科学センターの裏には昔、小さな児童図書館ってのがあって、
そこが撤去されて空き地になってたんだけど、
ある日突然そこにミールが持ち込まれた。ゴロンと転がして無造作に置いたように。
それがなんか寂しい感じで気になってしょうがないので、よくそれをボーっと眺めにいってた。
で、そのうち立派な箱が出来て収蔵された、と。
当時も市にお金が無かったので長いこと野外置きになってたんだよね、たしか。

そろそろ寝よう。少しでも。

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Rクレイジーマン

Author:Rクレイジーマン
リチャード・クレイジーマン
職業:愛猫家
妄想を絵にしています
2弦がよく切れます

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