Richard Crazyman's Queer Greeting

ちんけなネタ絵描き「リチャード・クレイジーマン」のよくわからないブログ。絵が見たい人はpixivの方でどうぞ。

 
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石塚真一著「BLUE GIANT」を読んだ話。

突然、たまごまご氏からメッセ。
石塚真一著「BLUE GIANT」1巻を読むように、との事w

翌日ツタヤに寄って購入、その足で「カルメン・マキ・トリオ」のリハに直行。
リハ終わってから「BLUE GIANT」を読ませていただきました、が。
リハ終わったばかりで、この漫画の音が頭に入ってこないw
諦めて家に帰ってから熟読する事にしました。

数回、繰り返し読んでふと思った。
「たまごまご氏に何て返すかな」とw
この漫画、恐縮ながら共感するとこあるなぁw
以前から私は自分が好きな音楽を他人に薦める時に、
その良さを言葉で説明する方法が解らない、という事が頻繁に起こった。
私は「音楽」の「音」そのものの快楽にノックアウトされて生きてきたクチで、
理解のラクな「歌詞」に支配される音楽の聴き方をする大勢の人達とは
永遠に理解が交わる事が無いように思ってきましてね。
私にとって概ね「歌詞」とはサウンドを阻害する邪魔モノなのだw
それでも時折、良い詩は「音」を内包することがある。
本当に希なことではあるんだけどね。

話を「BLUE GIANT」に戻しましょう。
主人公は高校生生活の中でジャズに魅了された事象を周囲に
説明する「言葉」を持てない事にストレスを持っているんですね。
表現として身体(楽器)から音として噴出すぐらい強い衝動なのにクラスメイトの女子に伝えられない。
年齢の近い相手に特に伝わらない。軽音の奴なんか余計偏見が強くて取り付く島もない。
主人公は全くの独学で理論も知らないし譜面も読めない。
耳を頼りに吸収しまくって自分のブレスに変換していくだけ。
運が良いのか悪いのか、理論武装でジャズを語る愚行すらしない主人公なのですw
ひたすら「音」だけ。「音」から喚起される衝動だけが彼のジャズなんですね。
あらゆる選択肢の少ない主人公がこの事を他人に理解してもらうには、
相手に同じ経験をしてもらうぐらいしかないんですよね。
劇中で中学時代の親友と転校していく親友にはこれを実行して成功しているんですね。
それらのシーンを通してこの漫画の読者に対して、同様のアプローチを試行しているんじゃないですかね、これ。
漫画は音鳴らないから漫画ならではの表現を通して「音ってワンダーですよ」「体験してみてはいかが」ってな感じで。

それを解りやすくする為に主人公がこう言います。
「ジャズは感情の音楽」「どんな気持ちも音にこめられる」と。
私はそれは逆というか、ちょっと説明不足なんじゃないかと考えています。
「音楽」「音」から受け取る衝撃をどう感受するかは人それぞれ。
その感受する気持ちのベクトルのズレや一致具合を楽しむのが音を感受する快楽なんじゃないかと。
気持ちを込めても「音」はとんでもない暴れ馬なのでどっちに飛んでいくか解らない。
でも、それが最高に気持ち良かったり色々だったりする。
それを最も体現しているのがジャズなんではないかと…。

ジャズは色々と細分化されて説明されていたりもするけど、ジャズ全体の外枠ってなかなか区切れないでしょ?
インストが多く解りやすい「歌詞」で説明される類のものでもない。
「オシャレ」だの「カッコつけ」だの「難しそう」だの言われてもそれすらほんの一面でしかない。
解り易いものを求める人が多く、ただでさえ「摩擦係数」の高いジャズを万人に解ってもらうってのは難しいよね。
でもそれだけw 実際のジャズミュージシャンはカラッと晴々してる人多い。
この作品の言葉を借りれば「へでもねぇ」ということなんじゃあないですかね。
私の推測ですけど音の快楽に比べれば多少の無理解なんぞ「へでもねぇ」ってのは
フィクションも現実も一緒なんじゃないのかとw

昔、某ギタリストのK氏と話していて「音楽でマイノリティだの何だの被害妄想みたいに言っていても仕方ない」
みたいな話になった事がありました。それが強く印象に残ってましてね。
まったくもってその通りだと。

また話が逸れたので戻してと。
それにしてもこの主人公、宮本大君。
なんだかんだで周りに理解者いて良いよね。
ブラバンでもなく、一緒に演奏する仲間がいる訳でもない。
楽器についての知識もあんまりなさそうだし(メタルのマッピを知らない!)。
でも父親は理解あるし、地元の楽器屋の人も熱いひとだしねw
いいなぁ、主人公って奴は。次男だしw
今後、どういう風にスキルアップしていくんだろうね。
今はキーすら眼中に無い状態だけど、そのうち耳コピからスケールとか旋法とか身についていくんだろうか。

1巻の終わりに主人公の関係者がコメントをする場面があるんだけど、
ここからお話プロ展開します、って事なのかしら?
私はあくまで単行本派なので連載の方がどうなっているかは知らないんですけど
次巻までのお楽しみという事ですね。
個人的には滅茶苦茶熱いコンボの場面とか出て来て欲しいな。

さて、感想…になっているだろうかw

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逆説的にこれが聴きたくなった。
前にも貼ったことあると思うけど、個人的に象徴的な曲なので。
MAL WALDRON / Warm Canto

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追記:たまごまご氏のレビューもねw

Comments

こんにちは。

今読んでる本にちょうど

「作曲家(演奏家も?)は音楽を媒介にして感情を伝えることができる」
という伝統的な考え方を
ヒンデミットは一笑に付し、
チャイコフスキーも彼に賛同した。

というようなことが書いてあって、
ショックを受けていたところに
この記事を読みました。

でも、確かによく考えれば、
音楽そのものは、演奏家とリスナーの気持ちを
伝えるまでの機能は持っていなくて、
おのおのはそれぞれ勝手に別々の感情を引き起こすだけ
のような感じがします。

ただ、普通の言語と同じように
音楽にも音そのもの以外に「文脈」というのが存在して、
それはより具体的にメッセージ性を持ったりすることがある気もします。
例えば、演奏家の表情であったり挙動であったり、
はたまた歌詞であったり、パフォーマーのプロファイルとか、時代の背景とか。

むしろこの「文脈」の方が
音楽を語る際には多く語られるんじゃないでしょうか。
リチャードさんは
音楽そのものを聴けよ!っていいたいんでしょうけどね笑

音楽に関するストーリーなんてものは、
この「文脈」こそがシナリオのメインになってきますよね。
っていうか漫画ではそもそも音楽が表現できないし。
この「BLUE GIANT」にしても、
僕は読んでませんが、
そういう線のものだと推測します。
(「岳」を読んだ感じでも。)

へんな言い方をすれば
作中の演奏者に対しては、
作中に登場するリスナーよりは、
作品を読んでる読者の方が感情移入しやすいんじゃないでしょうか。
漫画としてはそれができれば成功ですしね。


ちなみに今読んでる本というのは
フィリップ・ボール『音楽の科学』
です。おすすめは、そんなにできないような感じです。
芋屋さん、いらっしゃいませ。
コメントありがとうございますね。
私、どうも「音」ネタだと暴走しがちなので助かります。

私はジャズを好んで聴きます。
メジャーどころから他人に薦めようの無い型にはまらない物まで。
若い頃は「文脈」に乗って音楽は産まれてくると思っていたし、
他の人が発する「必然」や「本物」という言葉にも疑いが無かったんですよね。

でもある時期から、色々疑問がわいて来まして…。
「前衛」をやってる音楽家に割と共通の傾向がある事に気がついてしまったんですよ。
過去の音楽家の前例を自分の音楽的行為の免罪符として語ってしまう、
やたらに自分の音楽について「言葉」での説明が多い、など。
これらは往々にして「文脈」の陳腐な悪用である事が多い、そう感じでしまったんですよね。
ある時代、日本の「前衛」的な「背景」に巣食う「文脈」依存に気がついちゃった。

リスペクトすべき先例達は後の世代の言い訳のために存在してんじゃねーだろ、と昂ぶりましてw
で、「ぐだぐだ言ってないで胸張って自己責任でやりたいことやれよ!」と思うようになっちゃって。
私の「音楽そのもの」主義は、発信側の音楽家が「文脈」におんぶに抱っこしないで欲しい、
音で勝負しろよ!という勝手な想いから生まれたものであります。
同時に聴き手側も音を感受する時に、所謂普通の「文脈」だけに頼っていては
モノによっちゃ振り落とされるぞ、という余計なお世話も言いたくなる、と。

勿論「文脈」に乗っかって聴いた方が(私にとって)心動かされるケースもたくさんあります。
一部に疑問が生まれたにせよ「文脈」に添いながら音楽聴いてきたからその重要性は知っているつもりです。

でも音は魔物ですよ、化け物ですよw
私「春の祭典」聴くと狂うんですけど、もう時代性とか背景とか音楽史とか全く関係ないですものw
楽しくなっちゃって笑いが止まらなくなって身体も勝手に動いたりして制御できなくなる。
同様にモノフォニックシンセのなんでもない鋸波の1音が何故あれだけ心揺さぶるのか、
私にはそれらを言葉で説明するのがもの凄くナンセンスだと思われて。
音という物理現象に感情が作用する、ロジックよりもその結果の方が大事かな。
その時々、人によって似ていたり全く違ったりする感情の作用。楽しいっス。

>BLUE GIANT
音の出ない紙の漫画だから「文脈」を活用する、芋屋さんの仰るとおりなのかな。
工夫された画面構成で読者が「音」に興味を持つように誘導する。
何割かの読者が試しにジャズを聴いてみる、ってのはこれハードル高いですよね。
私自身は漫画から音想像するけど、全ての人がそれをやってみようとは思わないだろうしね。

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私は芋屋さんの漫画、特に本番のステージシーンは割と明確に音を想像してますよw
勝手な想像して頭の中で音鳴らしてる。
キャラ像から和声や進行の傾向まで妄想してるのですからw
がっつり「文脈」で音を想像してまっせ。

>フィリップ・ボール『音楽の科学』
レビューとかではあんまり評判よくなさそうですね。
それにしてもヒンデミット、性格キツイなぁ。
でもフルートの曲なんて、感情たっぷりに演奏されること多いのに…。
なんて皮肉なw

今年も残り僅かになってきました。
お互い健康に気を使い忙しい年末を乗り切りましょう!

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プロフィール

Rクレイジーマン

Author:Rクレイジーマン
リチャード・クレイジーマン
職業:愛猫家
妄想を絵にしています
2弦がよく切れます

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